高機能素材作りという上流から最先端のモノづくりを支える専用ミキサー
株式会社EME
「誰にもまねできない高付加価値のモノづくり」を目指す光学メーカー
株式会社ルケオ
最高水準の世界的認証も取得。航空宇宙産業から頼りにされる部品メーカー
株式会社吉増製作所
13年も掛けて製品化した自転・公転方式で、ミキサーの常識を破る
株式会社シンキー
世界の最先端技術者から頼られるコイルの試作開発企業
日本ユニバーサル電気株式会社
製造現場ごとの異なるニーズに応える知る人ぞ知る産業用コネクタメーカー
株式会社七星科学研究所
日本の半導体メーカーを40年以上支え続ける大田区のモノづくり企業
株式会社井上製作所
半導体製造に必須のオゾン計測・分解・発生装置メーカー
株式会社 アプリクス
環境に優しいめっき加工業として、地域から必要とされる企業へ
株式会社 吉崎メッキ化工所
切削による微細加工で品位を持った製品を
株式会社 信栄テクノ
日本最初のプラモデルの金型職人の魂を受け継ぐ技術者たち
有限会社 秋東精工
設計、加工、仕上げ、何でもこなす試作品のプロ集団
南デザイン 株式会社
社内改革の鍵を握る、数十年ぶりの金の卵
株式会社 西村製作所
若き中小企業で働く、若き未来の名工たち
アロニクス 株式会社
「コミュニケーションデザイン業界の雄 博展」という夢を抱く
株式会社 博展
金型なしでものが作れる・・・
それが日本レックス株式会社
日本レックス株式会社
資源・エネルギーを大切にするモノづくり
トキワ精機株式会社
分光器(モノクロメータ)、分光放射計などで、光分析と分光領域に革新を起こす。
株式会社 相馬光学
成形品のコンビニエンスストアを目指す
東新プラスチック株式会社
開発という新分野にもチャレンジ!社員へのリターンも惜しまない
株式会社 島田電機製作所
目指すのは未来へとつながる技術。
日伸精機株式会社
歯車加工の未知の世界を突き進んできた力の源は、仲間たちの「小形歯車加工のパイオニアである」という自負にある
株式会社 チバダイス
ミクロンは今、未来型企業を目指しています
株式会社 ミクロン
企業理念はズバリ“作り手も熱くなれるテーマ”だ。
株式会社 ディテクト
新たな挑戦に向けてのテイクオフを決意
日本特殊工業株式会社
環境経営の時代が到来!
株式会社 モリカワ
日本の美を、世界の美にするために…
株式会社 ミキモト装身具
介護職から製造業へ挑戦
株式会社 白崎製作所
0.1mmにこだわる職人魂
株式会社 浜野製作所
切削加工の名工を目指す!
株式会社 クライム・ワークス
へら一本で勝負する!
株式会社 北嶋絞製作所
情熱の炎の熱処理
株式会社 上島熱処理工業所

新たな挑戦に向けてのテイクオフを決意


エンジニアの醍醐味がここにある。
航空会社からの厚い信頼を誇る飛行機部品の製造・修理会社

日本特殊工業株式会社

本社を大田区大森南に持つ町工場。少数精鋭のエンジニアが集まり、飛行機部品の製造や修理を行っている。3年前に入社したばかりの渡邊徹さんにこの会社で働く魅力を、そして矢島由之代表取締役に会社の現状を語っていただいた。


「入社時は不安ばかりでしたが1〜2年経ってから居心地の良さを実感!」

渡邊さん


「知人の紹介で初めてこの会社を訪れた時の印象は『小さい』でした(笑)。僕は埼玉県に住んでいるのですが、町工場が密集している大田区の独特な雰囲気にも圧倒されましたね。しかも20代は自分一人で、50〜60代の社員さんがほとんど。『ここでやっていけるだろうか?』と自問自答しながらも、とりあえず挑戦してみようと思って」と語ってくれるのは部品修理課の渡邊さん。入社時のそんな不安が嘘のように、今では充実したお仕事ライフを送られているそうだ。3年の間に一体どんな変化があったのか。

「一言で言えば『慣れ』だと思います。最初は年上の社員のみなさんに物怖じしていましたが、仕事を通じて会話をするうちに、僕にとって役立つことを言ってくださっているのが分かったんです。居心地の良さを感じるには、入社から1〜2年かかりましたが、長い目で見てくださった周りの方々に感謝していますし、苦手感を克服して、成長できた自分を誇らしく思います」

渡邊さんは、今では自分なりの観点から作業環境の改善を提案するなど、会社に対して積極的に働きかけている。


「失敗も経験のうち先輩社員のフォローもありがたかった」


渡邊さんは職場に慣れていくと同時に、仕事の面白さにも目覚めていったと語る。

「以前に航空会社で整備員をしていたという先輩社員が1年半ほど付きっ切りで指導してくださいました。丁寧な説明なので頭では理解できるのですが、体の方はなかなかついて行きません。例えば同じ塗装でも温度や湿度などの条件によって、塗料の種類や噴射量を調節する必要があるんです。このあたりもやはり経験を積まないと要領が分からないんですね。」

試行錯誤を繰り返しながら、今の知識や技術が身についたと渡邊さんは語る。

「最後の加工で寸法を間違えるという最悪のミスもしました。作り直しには時間もコストもかかるし、どうしようかと真っ青になりましたね。先輩社員たちは『仕方ないからいいよ』とおっしゃってくださいましたが、もしかしたら内心は大激怒だったかもしれません(笑)。」

そのような失敗も今では良い経験となり、どこでミスを犯しやすいかなどが徐々に分かってきたと語った。

「それでもベテラン社員さんに比べると、僕の実力は多く見積もっても1/3くらい。まだまだ成長の余地があります。とくに精度とスピードを高めることは自分の中での第一目標ですね。」


航空会社からの依頼で1960年代に航空機の部品修理に着手

矢島 由之社長


1959年に創業した日本特殊工業は、初期には航空会社からの依頼で部品修理を手がけていた。その後は徐々に主力事業が部品製造に傾いていたが、3年ほど前から航空業界が不況となって部品価格がダウン。部品製造が魅力ある市場では無くなってきたために、1年ほど前から修理に軸足を戻している。

「飛行機は、200時間ごと、1000時間ごとなどに定期的な機体点検を行います。その際に、私たちが担当する箇所の部品に修理の必要性があれば修理するといった形です」と語ってくれるのは矢島代表取締役。

「例えばランディングギアを動かすのに使われる部品は私たちの担当です。通常、羽田や成田から月に数十点は修理対象の部品が運ばれてきますね」

運輸されてくる前に、渡邊さんのような機械加工担当者が飛行場へ赴き、クラック(傷)や腐食部分を確認するのだとか。必要に応じて写真やメモを取っておくそうだ。


エンジニアが目で見て形状を把握まったく同じ部品を製造できるという強み

航空会社が日本特殊工業に、厚い信頼を置いている理由の一つが、自社内で部品を製造できること。ある部品が修理不可能なレベルで損傷を受けている場合に、それと同じ部品を航空機メーカーから取り寄せると時間がかかってしまう。そこで、航空会社から航空機メーカーに対して「航空機の部品をこちらで作っても良い」という承認を得た上で、日本特殊工業で同じ部品を作るのである。正規部品のおよそ半額で製造を行い、短期間で納入をしてくれるこの会社は、航空会社にとって、無くてはならない存在と言える。

「航空機メーカーは当然、大量生産で部品を作っているのですが、私たちの場合は、そうもいきません。エンジニアが目で見て形状を把握し、まったく同じものを1つだけ手作業で作るんです。私はこれを『人間機械系』と呼んでいます。CAD/CAMというプログラムを使うことが多いのですが、その後はジグ(道具)を使いながら地道に加工をしていきます。品質確認が終われば、すぐに納品をします。航空会社では飛行機が1日でもストップすると数千万円の損失になりますから、部品を製造・修理する私たちも必死になりますよ。エンジニアが昼夜なく働くこともあります」と矢島代表取締役。

お話を聞きながら見せていただいた製造部品は、人の手で作られたとはとても思えないような、なめらかで精緻なものだった。


「社員は会社の道具ではないそれぞれが知恵を持った人間である」


現在、日本特殊工業の本社に勤務しているのは矢島代表取締役を含めて9名。他に11名が2006年に設立された長崎工場で勤務しています。工場で働くのは10年以上の経験を持つハイスキラーがほとんど。社員の方々について、矢島代表取締役はこう語ってくださいました。

「社員は会社の道具ではなく、それぞれが知恵を持った人間です。本当の意味でエンジニアとしての扱いをしているつもりです。また、当社では付加価値の高いモノ作りをしていますから、その分の社員への還元も惜しみません」

部品修理課の渡邊さんもこの会社で働く喜びについて、「全体の流れが見えるから仕事の重要性を理解できるし、完成時のやりがいを実感できます。また、量産ではなくてさまざまなものを1品ずつ作れるのも面白いですね。いろんな経験をさせてもらえて、自分のスキルの幅が広がっていくのが目に見えるようです」とお話してくれました。

自分がそれまで触れたことのない業界や人々を目の前にして戸惑っていた3年前の渡邊さんの姿は、いまやとても遠くにかすんで見えます。


培ったスキルとノウハウでPMAという新たな分野へ飛び立つ


2009年、日本特殊工業は新たな挑戦に向けてのテイクオフを決意した。

「新機体は、設計趣旨が進化しているために取り下ろしが減少しています。つまり、使われている部品自体が壊れにくくなっているんですね。ですから、今までどおりの経営では生き残りが困難だろうと考えています。そこで、アメリカ連邦航空局の『PMA』という新分野に参加することにしました。『PMA』はParts Manufacturer Approvalの略。つまり、正規部品と同等のものとして連邦航空局に承認される部品を製造して納入するのです。これによって、全世界の航空会社に当社で作られた部品を利用してもらえます。本格的な始動は2010年春以降。長崎工場の機械が空いていますから、量産モノにも十分対応していけると考えています」と矢島代表取締役。

50年をかけて積み上げたスキルと実績を生かして世界へ飛び立つ日本特殊工業。大きく広がる空の中で、これからも独自の活躍を見せてくれることだろう。