品質はもちろん、価格でも新興国に負けない深掘り加工企業
有限会社豊岡製作所
数千万円以上する産業機械の重要部品を1点ずつめっき処理する職人の技
株式会社東電工舎
身近な「困った」に注目して生まれた「溶接屋が作った自動溶接機」
株式会社エイム
日本でも数少ないプラスチックの「総合加工メーカー」
株式会社シンシ
アルミ加工技術を活かし、テレビ番組でも放映されたアイデア商品を生み出す
三力工業株式会社
モータから制御用ICまで。さらに事業領域拡大を図る老舗メーカー
日本パルスモーター株式会社
ごく限られた企業にしか作れない高圧電源を手掛ける
有限会社イワキエンジニアリング
流体継手で培った技術を活かしアイデア商品を開発
株式会社三輝
「小さくても市場があること」を重視して唯一無二の試験装置メーカーに
株式会社レスカ
特殊測定装置で使う数十センチ級大型レンズをオーダーメイドで磨き上げる
株式会社溝尻光学工業所
産業装置で使われるLED照明をオーダーメイド
株式会社オプター
顧客との信頼関係を最重視する映像関連機器/デジタルスチルカメラ(デジカメ)開発型メーカー
株式会社ベネテックス
工場の装置から文化財まで。騒音・振動を防ぐ
株式会社エーエス
職人の技と組織力を融合させる砥石・ダイヤ工具メーカー
株式会社 京浜工業所
金属のつや消しからガラス・木材の表面加工まで可能なサンドブラスト技術
株式会社仁木鍍研工業所
半導体研究者にとって頼れるサポーター
ハイソル株式会社
厚さ数ミクロンのフィルムの中に凝縮された技術力
吉野化成 株式会社
ロボット精密洗浄機メーカーの新たな挑戦
株式会社 オージーエー
海産物の陸上養殖までも手掛ける切削精密加工業の異端児
有限会社 アミネックス
少量多品種に特化したトランス製造メーカー
日昭工業 株式会社
職人から受け継がれる彫刻技術
株式会社 塩入製作所
不可能を可能にする超微細ワイヤーカット放電加工
有限会社 オクギ製作所
高品質な少量多品種の製品が未来を創り上げる
株式会社 青木精機製作所
次代へ向かうタップ・ダイスメーカー
株式会社 田野井製作所
複合的な加工技術が産み出す多種多様な製品の数々
坂西精機 株式会社
目指すのは鋳物産業のIT化
株式会社 栄鋳造所
技術力と発想力から生み出された自社製品
株式会社 ワイピーシステム
コミック包装という新しい常識が生み出された経緯
株式会社 ダイワハイテックス
発想力が決め手の試作品製作から新たな製品を生み出す
有限会社 安久工機
一点物の特注品から自社製品までの多角的なものづくり
株式会社 今野製作所
若い世代に継承されていく、高品質へのこだわり
株式会社 三ツ矢
時代に対応する旋盤加工業
富士精器 株式会社
レーザ加工でお客様の悩み事を解決
株式会社 リプス・ワークス
顧客の求めるスピードに答える“多能工”によるものづくり
株式会社 小沢製作所
髪の毛に穴を開けられるドリルを開発せよ。
株式会社 サイトウ製作所
エアナイフは私の幼少の頃の記憶と体験が、原点となって生まれた製品です。
大浩研熱株式会社
それぞれの事業で「プロセス・サポート・エンジニアリング」の拡大を進めている
ニシハラ理工株式会社
新たなブランド価値創造を目指す
株式会社 ナガセ
ニッチな市場で確たるポジションを捉える
三晃電気株式会社
『お得意様という電化皮膜工業ファン』を増やす
電化皮膜工業株式会社
新たなブランド価値創造を目指す
株式会社 西尾硝子鏡工業所
アルミ加工技術を世界へ
株式会社 マテリアル
新技術が世界を変える
トッキ株式会社
日本を支える熟練技術
三正工業株式会社
「真空成形金型」の元祖
バキュームモールド工業株式会社
特許技術と女性の力で躍進
株式会社 南武
接着をデザインする
協立化学産業株式会社
高精度の分析機器を開発
株式会社 ユニフローズ
世界最先端のノウハウ!
愛知産業株式会社

中小企業の魅力少量多品種に特化した
トランス製造メーカー


人の仕組み作りで醸成された企業文化が
製品の強みを最大限に引き出す。

日昭工業 株式会社

会社情報

青梅織物で有名な青梅の地に生まれた日昭工業の前身は、まさに織機が並ぶ織物工場だった。特注のトランスを製造する豊富なノウハウを持つ、日本でも有数の企業へと成長した日昭工業。独自製品の強みを最大限に活かす企業文化とはどのようなものなのだろうか。


織物業から電気機械器具製造業への華麗な転身。

代表取締役社長 久保 寛一さん



清潔で明るい工場風景


久保 寛一さん
日昭工業株 式会社
代表取締役社長

緑豊かな山間の街、青梅の一角に日昭工業の本社工場は存在している。綿の寝具などを生産する久保新織物株式会社としてスタートした町工場は、1967年に電気関連の製造業へと大いなる転身をとげた。いまでは「トランス」と呼ばれる変圧器の製造を主要事業としている。トランスとは、電圧を異なる電圧に変換する装置のことである。

織物業当時から変わっていないという建屋の工場に入ると、社員の方々の大きな挨拶の合唱に出迎えられた。そして工場内の明るさに驚かされる。光がふんだんに取り込まれており、綺麗に清掃された床はグリーンに輝いていた。さらに、製造業の工場では当たり前のように鎮座しているはずの大型工作機械が見当たらないことに気付く。その疑問を久保寛一社長にぶつけてみた。
「トランスの製造工程は大部分が手作業なのです。これは創業当時から全く変わりません。」

そもそも織物業からの転業ということだが、電気関連の製造業とのつながりはあったのだろうか。
「繊維業がどんどん海外に流出し衰退していった中で、今後立ちゆかなくなることを危惧した私の父が、『これからの時代、電気は無くならないだろう』ということで転業を決意したのです。織物業で培ったノウハウが活きる分野ではなく、全くゼロからのスタートでした。初めは大手の下請けで、言われた通りに作業をするというスタイルから入り、徐々に自分たちで設計開発をするようになってきたのです。」

電気関連事業への転身後も、すぐに変圧器の製造を手掛けたわけではなかったと言う。
「転業当初の従業員数は15名ほどでした。レコードのターンテーブルを作ってみたり、ゲーム機を作ってみたりと、いろいろなことを模索していたようです。そんな中、近隣のトランス製造会社の下請けをしたことが現在につながるきっかけです。やがて自社で設計から製造までできるようになって、トランスに注力していくことになったのです。」


社員全員が同じベクトルを持つ事で、短納期低コストを実現。


トランスの心臓部、コイルを巻いていく。





ほとんどの工程が手作業。
ひとつひとつ丹念に作り上げられていく。


現在の主要製品であるトランスについて、久保社長にお話を伺った。
「当社で製造しているのは、トランス自体が7割、残りの3割が電源ボックスなどトランスの応用製品です。トランスと言っても、電柱の上に乗っているようなものやテレビの中に入っているような、世の中に大量にあるものは製造してません。数は少なくても、設計からやらせていただけるような製品を手掛けています。たとえば100Vとか200Vのトランスはどこでも作れます。ところが、23.6Vのトランスが欲しい、というお客様もいる。そういった特別なお客様にフォーカスしています。主にお使いいただいているのは、半導体製造装置のメーカー、データサーバー、もうひとつは電車関係のお客様です。」

久保社長に日昭工業の製品の強みについてお聞きすると、躊躇することなく「同じ製品でも同業他社の半分の納期、価格で対応する」と語った。

「なぜそれが実現できるかというと、設計から製造、納品まですべてを自社で手掛けているからなのです。通常だと10日かかるものが5日くらいで納品できてしまう。そしてなにより、社員全員がその経営方針にベクトルを合わせているということが大きいです。たとえば1週間に一度、工程会議を全社員で実施します。社内の動きとお客様の声などを、ダイレクトに伝えるのです。いつ、だれが、どうして欲しいのか、そういった情報を社員全員が共有することで、ひとつの目標に向けて一致団結して迅速に行動できるわけです。」

経営方針は一冊の手帳として社員全員に配布されている。年間カレンダーから成長戦略、社員の心得まで、おおよそ会社の全てが凝縮されたその手帳は、まさに日昭工業の魂とも言える重みを持っていた。


「昔ながらの町工場」、変化のきっかけは「トイレ研修」。






久保社長は1989年に入社、その後1993年、二代目社長に就任された。就任当初は、先代社長の後を継ぎ、とにかく工場を存続させるということを強く意識していたとのことだが、やがて「それだけではだめだ」と感じるようになったという。転機が訪れたのは1997年のことだ。変化を求め、イエローハットの創業者である鍵山秀三郎氏のもとに飛び込んだ。

「『トイレ研修』というものを受けたんです。イエローハットの本社に朝一番でお邪魔して、トイレや事務所のお掃除をさせていただく、というだけの内容ですが、鍵山秀三郎さんが『凡事徹底』という言葉で表現していらっしゃるとおり、トイレ掃除という行為の中にたくさんの大切な物事が隠されているんです。この貴重な経験を得たことで、私も小さなことから変えていかなければならないと確信しました。それからですね。私と会社に変化が現れたのは。」

冒頭でも述べたが、現在の日昭工業の工場風景は、いわゆる3Kという言葉が微塵も感じられない、清潔で活気のあるものだ。しかし久保社長は、就任当時の工場の光景を「職人気質の寡黙な、昔風の町工場でした」と振り返る。いま見られる社内の明るい雰囲気は、社員全員で一歩一歩作り上げてきた企業文化なのだと表現する。そしてその現れのひとつが、工場なのだと。

「工場は日昭工業の精神そのものであり、ショールームです。お客様に見ていただいて、我々のことを知っていただくための重要な場所なのです。ショールームが活気なく雑然としていたら、会社がそういう印象で見られてしまうのは当然ですよね。明るく元気で清潔な工場を見ていただければ、それだけでお仕事をいただけることだってあるのです。」
トイレ研修から始まった日昭工業の変革が、いま現在の工場風景に結実している。


人の仕組み作りが日昭工業最大の強み。


社屋のいたる所に社員の改善の成果が。



事務所の巨大なホワイトボードには
会社の経営方針が貼り出されており、
誰でも目にすることができる。



カイゼン活動実行計画シートを前にする久保社長。


「当社は皆、仕事にも遊びにも一生懸命です。会社には縦の組織だけでなく、横の組織、委員会活動があるんです。その中でイベント委員会というのがあって、各部署から数名選ばれた委員が、月に一度、決められた日に何かしらのイベントを企画します。ボーリングをやったりバーベキューしたりカートレースしたり。他にもいくつかの委員会活動がありますが、これは仕組みなのです。製品の特長を活かした強みというのは当然あるけれど、それよりも人の仕組み作りが当社の最大の強みなのです。中小企業といえども人数が増えてくれば、仕組み作りをしなければうまく回りませんから。」

他にも日昭工業には、数々のユニークな活動が存在する。「ジャンケン工場長制度」もそのひとつだ。
「長く勤められていた工場長が退任されたとき、その後継者が誰もいなくなってしまったのです。そこで、1週間に一度、全社員でジャンケンをして工場長を決めるという制度が始まりました。いままでは使われる立場だった社員が上に立つ者になる。全く異なる視点が要求されることによって、見えなかったものが見えてきたのです。社員同士の接し方も変わってきました。結果として、この制度の導入は、社員がそれぞれ成長するきっかけになったと思います。」
現在でも「幹部社員から工場長を、若手社員から副工場長を選出する」という形式で「ジャンケン工場長制度」自体は存続している。工程の流れや社員の管理など、会社の様々な側面を教育するための仕組みとして、とても役立っているとのことだ。

就任当初は久保社長がひとりで考え、実践していた活動も、次第に実を結び始める。今では、会社を改善するためのさまざまなアイデアを、社員全員で考える土壌ができあがったと言う。会社環境をより良いものにするための提案を社員全員で競う「現だま大作戦」というカイゼン活動推奨制度も、その雰囲気作りに大きく貢献している。

日昭工業では、社員教育と新卒採用に年間約1500万円の予算を割り当てているという。新入社員教育と人材育成への取り組みについて、引き続き久保社長にお話を伺った。
「新入社員が入ると、まず1週間程度で全部門を回ります。その後、じっくり3ヶ月位づつ、1年間かけて現場を回るのです。その期間で、社内の人、物の動き方や作り方を大雑把に体験してもらいます。いろいろな経験を積まないといい設計はできないし、いい営業もできないですからね。」

「最初の3年間、君たちは先輩方が稼いだお金で食べているんだよ、と教えています。その代わり、まずは一歩一歩、できるところから始めてください、と。いきなり大木になろうとしなくていいんです。まずは小さな葉っぱから。そのうち枝葉が増えて、いずれは幹が必要になって、やがて大木になっていくのです。少しずつ着実に成長して欲しいと考えています。昨日よりは今日、今日よりは明日、という風にしっかり階段を上って欲しいですね。」

久保社長はどのような人材を望んでいるのだろうか。
「5年後、10年後に会社を背負ってくれる人を期待しています。素直で、なんでも一生懸命に取り組めるような方ですね。かつ、当社に合っている方です。ずば抜けて優秀な人、というのもそれはそれで考えものなのです。会社に入れば他の社員と一緒に働くわけですから、何よりも会社の雰囲気に合うかどうか、という事の方が重要です。」


日本のものづくりの担い手が、日本を背負っている。


日昭工業の書架。
読書感想文を提出する、という課題もあるのだとか。



最後に、日本のものづくりについての久保社長のお考えと、その日本のものづくりを背負うであろう若者に向けてのメッセージをいただいた。

「当社が製造しているトランスは、それ自体は100年前からあるものです。ところが、そんなありふれた製品の中にも、製造技術的にキラリと光る要素がある。世界でもあまり作れないようなものが、こんな中小企業でできるわけです。そういったところを、自分の気概だとか生き甲斐だとかに結びつけられると、製造業で働いていて楽しいと思います。日本のものづくりって、まだまだ捨てたものじゃないですよ。」

「なぜ日本でものづくりをしているのかと問う時、我々は地域社会の中で生きているということを真剣に考える必要があります。我々は日本人です。日本が発展しなければつまらないじゃないですか。日本の地域社会を、我々が背負っているんです。それを考えたら、海外に行こうとは思わないですよね。そうして社会に貢献していくということを、これから日本のものづくりを背負う若者には是非理解していて欲しいですね。」

久保社長は、途方もない夢を語る人物ではない。しっかりと自らの立ち位置に根ざした考えを持って未来を見据えている。会社と社員、ひいては日本社会への細やかな気配りが感じられる久保社長の言葉の端々から、日昭工業の豊かな企業力が溢れ出していた。



先輩メッセージ

学生時代に囚われることなく、社会に飛び出してください。


泉 仁人さん




泉 仁人さん
業務部
2009年入社

――入社のきっかけをお聞かせください。
「就職活動では中小企業を中心に探していました。大学では半導体の研究をしていたので、半導体関係の企業を希望していたのですが、たまたま日昭工業がヒットして、興味を持ったのがきっかけです。説明会を受け、会社の見学をしていて、楽しく働ける職場だという実感があったので決めました。他社ではあまり見られなかったのですが、日昭工業には説明会でコミュニケーションタイムという時間があって、社員さんや社長さんとひとつの場で話をする機会があったんですね。そこで社長とお話しをさせていただいて、社員同士の距離が近いと感じました。」

――入社にあたっての不安はありましたか?
「私は本当は高校を卒業してすぐに働きたかったのです。勉強はもういいかな、と思っていましたから。ですので不安よりも期待の方が大きかったですね。職人に対する憧れもあって、幼稚園や小学校のころは、将来の夢が大工さんでした。小さいころからのこぎりなどを使って工作するのが大好きでしたね。」

――実際入ってみての印象はどうでしたか?
「社員の方の年齢幅が広くて、家族的な感じでした。父親のような人もいれば、おじいちゃんのような年齢の方もいましたので。入社してやりづらい感じではなかったですね。年配の方含め先輩方は皆優しくて、こちらから話かければ、丁寧に対応してくれました。」

――担当されているお仕事についてお聞かせいただけますか。
「今は設計の仕事をしていますが、以前はトランスの製造から組み立てまでを全て担当していました。入社したてのころに車輌関係のお客様から大口の注文をいただいて、その担当になったのです。トランスのコイルを樹脂で固める工程があって、この工程は特殊な技術が必要なもので、まさに日昭工業のコア技術なんです。そのため、社内でも完全に理解している人が少なくて、最初は少ない情報で模索しながら作業するのが大変でした。データを集めて条件を見極めながら…という苦労の連続でした。それでも、最終的にはリーダーを任せていただけるまでになりました。」

――お仕事で特に気をつけている点はありますか。
「先輩に言われたことはとにかくやってみる、ということです。当社の製造工程は大部分が手作業の工程ですから、人によって作業方法がまちまちなんですけれど、それぞれ一通りやってみて、そこから自分なりにいいとこ取りをしていく、ということです。」

――会社の雰囲気についてお聞かせください。
「仕事とは別に、社内には委員会活動があって、わたしは平成教育委員会という委員会に所属しています。要は、勉強会みたいなものを企画するんです。コミュニケーションを取りながら、皆でビジネスマナーなどを勉強する場ですね。半期に一回、内容も全て自分たちで決めるのです。仕事と両立しながら実施するので、慣れるまでは大変ですけれど、仕事一辺倒にならないという意味では、充実して楽しいですね。他にもレクリエーションイベントが豊富ですので、社員同士の距離はすごく近いです。」

――ものづくりを志す学生達にメッセージをお願いします。
「学生時代に勉強したことに囚われすぎるのは良くないですよね。会社に入ってから一生懸命勉強する、っていう気持ちでいたほうが気持ちに余裕が生まれるし、いい結果に繋がりますよ。学校の成績が悪かったけど会社に入ってどうかな、と考えていても道がひらけないですから。中小企業では、自分の手掛けられる範囲がとにかく幅広く、いろいろな経験ができます。世界は学生だったころの何倍にも広がりますから、思い切って飛び込んで、ぜひ新しい世界を楽しんでもらいたいと思いますね。」


楽しいことはあるけれど、そればかりではないというのも事実です。


櫻井 大さん




櫻井 大さん
営業技術部 リーダー
2003年入社

――入社のきっかけについてお聞かせください。
「大学では電気工学を専攻していて、その後、オフィス用電話機やターミナルアダプタを製造するメーカーに1年半ほど勤務しました。社員数600人くらいの比較的大きな会社でした。ところが、大手の企業だと巨大なシステムのごく一部しか担当できないのです。自分の場所からは全体が見えなくて、何をやっているのかが分からず面白みが感じられなかったんですよ。それで転職を考えて、日昭工業に入社しました。当社では当然のように一から十までを全部見渡せますし、自分で設計から製造納品まですべて任されて、まさにものづくりの醍醐味が凝縮されていましたね。」

――転職にあたっての不安はありましたか?
「同じ製造業とはいえ、違う製品分野の会社に来たわけですけれど、そもそも社会人になってからも日が浅かったですから、社会で自分は何ができるのか、というのが正直分かっていませんでした。とりあえずやってみよう、という気持ちだけでしたね。当社は設計志望で入ったとしても、必ず製造の現場でどういうものを作っているのか、という実習をやりますから、そこで体験したことが設計にも活かせますね。」

――現在担当されているお仕事についてお聞かせください。
「主にトランスの設計をしています。取引の最初の段階ですので、お客様とのやりとりもします。新規のお客様でしたら、まずはお伺いして仕様のすりあわせをし、お見積もり図面を出し、受注したら図面を引いて製造に回す、という工程です。自分が書いた図面どおりに製品ができているのを見ると嬉しいですよ。以前の会社の時はそれが見えなかったですから、ものづくりに携わっている実感がとても強いです。」

――自分の成長を感じられたきっかけなどありますか?
「仕事の内容を一通り分かるようになったのは入社3年目頃です。誰の助けもなしに自分で装置の図面を書いて製品ができたときに、ああ、やっとこれで一人前になれたかな、という感じがしました。また、後輩ができると『教える』ということを考えなければならないので、そういうタイミングで自分がやってきたことを実感できます。とはいえ、今でも社長や副社長にはいろいろ教えていただくことがたくさんありますし、まだまだという感じですね。」

――櫻井さんから見た会社の魅力をお聞かせください。
「とにかくアットホームな雰囲気を感じます。以前勤めていた大手企業では、個人の机とPCが与えられて、そこで黙々と作業しているだけでした。せいぜい朝礼だったり、教育係のような先輩とのやりとりだったりと、限られた範囲でのコミュニケーションしかなかったですから。この会社に入ってからはそれが180度変わりました。社長の机が自分の並びにありますからね(笑)。組織的にはもちろんきちんとしているわけですが、上長だから話しづらいとか、とういうことは全くないですね。社員同士の垣根がないようにしてくれているんです。仕事外でも、イベント活動が豊富で和気あいあいとしています。」

――これから就職を控えている学生達に向けて、メッセージをお願いします。
「楽しいことはたくさんあるのですが、いいことばかりではない、というのも事実です。私たちは会社説明会などでもありのままを伝えています。たとえば、入社してしばらくは先輩社員に言われたとおりにとりあえずやってみなよ、と言うのです。『言われたとおりにやらなきゃいけないような仕事はしたくありません』と、その考え方に納得できないという学生さんがたまにいらっしゃいます。ただ、私は最初はどんな仕事であれそうするべきだと思っています。まずは教えられたとおりに仕事をして、そのうちにいろいろなことが分かり、自分の流儀が形成されていくものだと思いますから。当社のような中小企業では、すぐに大きな仕事を任せてもらえるようになります。しかし、それにはその分責任も発生します。その時にしっかり仕事ができるようになるためにも、最初の数年はじっくり勉強するつもりで臨んで欲しいですね。頑張ってください!」