金属精密加工に携わって半世紀の経験と技術が可能性を実現
出来る筈がないといった外国人技術者が感動した。
それが、『技術の塩野』誕生の瞬間でした。
株式会社 塩野製作所
真空管やリレーがコンピューティングの主要部品であった昭和50年代後半、関東地区でほぼ初めてとなる、横型マシニングセンターを導入したモノづくり企業がありました。それが塩野製作所です。制御部分は、4畳半程度の広さを占めるボックスの中にぎっしりと真空管やリレーが詰まった、化け物のような大きな機械。それで加工したアジマスジンバルジャイロ(地球ゴマを3方向に回してそれで起き上がろうとする動きを感知して、機体の姿勢を制御する機械)は、当時の設計者であるイギリスの技術者を驚かせました。その当時、技術でははるかにイギリスが日本を上回ると自負し、12・3台の旋盤と汎用フライスを使用してようやく造ることができるものだったからです。「日本の技術は素晴らしい。」と感嘆して帰国した彼らの脳裏には、「技術の塩野」というキーワードが刷り込まれました。
世界に通じる技術力について
高度な加工技術を駆使し、高品質部品を安定的に生み出しています。

塩野 博万社長
「当社に持ち込まれる品物は、全て『高価な材料』と社員にいっています。それは、特殊な金属素材であったり、それまでの加工工賃が積み重ったものであったりするからです。」塩野社長は、自社の製品についてそのようにお話しいただきました。
塩野製作所は、創業来、加工レベルの非常に高い技能者による高品質部品を安定的に加工しています。『高度な加工技術を駆使し、高品質部品を顧客に提供する』をモットーにアルミはもとよりステンレス・チタン・インコネル・ハステロイ等の高難度の加工実績も豊富で、多品種少量生産・一点モノも数多く手掛けており、航空機用精密加工部品や宇宙開発関係・人工衛星関係等での実績も豊富です。一点モノが多いということや、航空機用精密加工部品や宇宙開発関係ということは、ほぼ必要最小限の個数しか生産しない部品を、必要最小限の材料を供給されて加工することが多く、また、塩野製作所が加工する前で既に高額な工賃が積み上がった部品に穴を3つあけるような作業まで請け負っています。「失敗が許されないというような緊張感でピリピリして、マシニングセンターのスタートボタンを押すまでに、何度もミスが起こるリスクをつぶしているかどうか、間違いがないことを確認します。これは、私が現場で作業を担当していた時から変わりません。厳しいようですが、それが経験となって、技術が身についていく。私たちが手掛けているものは、その位高い価値のある製品を生み出している。ということを、社員全員が常に頭においているからなのです。」
また、特殊な加工を依頼され、そのために、テスト用の部材を試作することもあります。「だいぶ前のことなのですが、航空機用外部燃料タンクを改造加工する仕事を受注しました。しかし、その燃料タンクは、直径700mmもある大きさなので国内の材料メーカーでは製作していない。フランスしか製作しているメーカーがない。1個何百万円もするものなので、テスト用材として仕入れるわけにもいかないということで、鋳物屋さんにお願いして、ドラム缶に金属を流し込んでプログラムテスト用鋼材を製作しました。無事、設計した通りに加工できる事がテスト用材で判明し、フランスから仕入れた材料に加工をしてようやく完成。いいモノができたぞとお客様と大宴会をしました。」ところが、航空機部品の場合は、使用されるのは過酷な環境なのです。
「そこで、航空機に搭載し上空に飛ばしたら、装置が動かなくなってしまったのです。理由は、上空はマイナス40度とか50度の世界。温度が低くて金属が縮んでしまったのです。地上では、100分の1ミリの精度で完璧な製作をしたにも関わらず、さら10分の1ミリだけ削るようなことになったのです。金属の温度変化等も考慮したモノづくりをしなくてはと猛反省しました。」
完璧な品質・トレ―サビリティが要求される衛星部品を数多く手掛けています。
塩野製作所では、宇宙開発関連にも多くの製品を生み出しています。その代表的なものが、国際宇宙ステーションでの日本の実験棟「きぼう」の船外実験室モジュールです。
「日本の衛星も最近は精度的に向上してきて、ようやくビジネスベースへとなりつつあります。我々の技術が活きてくる部分が増えてくると思いますね。」塩野社長は、これまでの実績と共に今後のビジネスの広がりに期待をしています。「衛星の部品は、航空機と同様に過酷な環境下で作動し修理に行けない環境ですから、完璧な品質・トレ―サビリティを要求されます。航空機もそうですが、特に衛星の場合は、その品質基準が高いです。しかも、当社が手掛けているのは、衛星の外周箱ですからなるべく重量が少ない、軽い事が求められます。その方が少しでも多く、衛星内の機材を搭載することができるからです。そして、打ち上げ時の衝撃にも耐えなくてはならないので、堅牢な強度が求められます。したがって、無垢の材料から削り出したものとなります。完成重量プラスマイナス1グラムという精度が必要で、ほぼ95%以上が切りくずとなってしまいます。」
削り出す技術は、単にカタチだけではなく、見栄えも品質の内に含まれるといいます。「見てきれいだねということも大切ですね。実際に組み立てられている現場を見ると、ゆっくりと1つ1つ確認しながら組み上げています。その緊張感をみると、きれいな加工をしなくてはと思いますね。機能美というか、モノづくりをしているもののこだわりというか、それは、日本のモノづくりがオーバースペックだといわれても大切にしたい『心』のようなものではないでしょうか。」
海外メーカーにトータルで受注できる体制として生まれた「アマテラス」
塩野製作所は、東京地区の航空部品一貫製造企業連合のアマテラスの代表企業です。「航空業界の将来を考えてみると、国内プライムメーカーが一部製品の内製化を進めるような動きもあって、これまでのような受託加工だけでは、仕事量が増えていくという見通しは厳しいとみています。一方、海外に目を向ければ新興国の成長もあって飛行している航空機の数も増えるとすれば、航空機の交換パーツ等、そのマーケットは国内の数十倍です。設計は海外エンジニアリングメーカーが行いますが、部品の製造はどこでやっても原則はよいわけです。しかし、航空部品程、今までメーカーとのやり取りや各種加工手順・プロセス等の品質管理も含め経験があり熟知している企業でないと厳しいのですね。さらには、技術的にはトップクラスであっても個別的断片的に受注するのではなく、1つのサプライチェーンとして受注できる体制が望ましい。それで、東京都が支援している事業としてスタートしました。既に、品質管理やトレ―サビリティは各社でクリアしているので、貿易や契約の知識を積み上げていくことが課題ですね。」海外企業との取引においては、塩野社長は、ある程度の手ごたえは感じているようです。「ある展示会で海外メーカーの技術者とお話しした時に、きちんとした技術力があれば、為替が変動した時の価格変動分は考慮すると言ってくれました。技術を信頼して取引をしてくれるのが、海外企業の最大の魅力ですね。ですから、常に技術を磨いておかないと、評価されなくなってしまう危険性も高いわけです。」
五感を駆使してモノづくりが出来る人
最後に、塩野社長に、注目したい人材像についてお聞きしました。「当社では、技術の伝承ということも兼ねて、汎用旋盤・汎用フライスが基本の加工機械としてあるのです。新人の人は、まず、ここで、みっちりと、五感を磨いてもらうのですね。品物の回転数やビビリ音等を耳で聞いて、温度の変化やバイトの感覚を肌や指で感じて、油が焦げる匂いを鼻で感じて・・・。このようなことを通じていわばアナログ的な事でモノづくりを理解できる多能工を育てたいと考えています。それは、仕事上の障害にぶつかった時に正面からぶつかってこれからどうしたらよいかと考えられる人になって欲しいからなのです。そして、いわれたことだけをやっているのではなくて、積極的に提案ができる人ですね。イエスマンはいらない。リーダーシップをとれるような人、個性が合って、障害を乗り越えられる知識を身につけられる人です。」
最新の横型マシニングセンターを駆使した精密加工には、当然プログラム等のデジタル的な知識も必要ですが、そのベースにあるのはアナログ的な五感を駆使したモノづくりへのこだわりです。その原理原則が『技術の塩野』を守り続けています。
先輩メッセージ
自信を持って営業をしたいからモノづくりのイロハを教わっています。
渡辺 允規さん
渡辺 允規さん
私は大学の商学部を卒業しました。就職活動の時に漠然と営業ができる会社に就職したいと考えていました。バイクが趣味だった私は、自動車部品の会社を受けてみたのですが、どうもしっくりとこないような気がしました。それは、数字中心の営業職として期待されているようなイメージだったのです。それよりも、スペックや部品の製作工程を知った上で営業をやりたいと考えました。自分がセールスする製品に絶対的な自信を持って営業をしたい。そのことを塩野社長に話した時、ではやってみたらということで入社しました。
そして、私は現在ベアリングのケースや回転を受ける軸を旋盤でつくっています。決まったモノをつくっているわけではなく大きさも素材も違うものです。これは、想像した以上に難しくそして奥が深いものです。ですから、営業に行く以前にまずは目の前のことをこなすのに一生懸命になっています。
最近、非常に嬉しい事がありました。それは会社でモノづくりの教室があるのですが、その最終試験を無事合格し「若匠」として表彰されたことです。それまでの努力が報われたような気がしました。入社後最初に造ったものは、『作品』として名前と日付の刻印を入れて、部屋に飾っておきたかったですね。先輩に聞くと『そうしたかったな。』とみんな言います。私の場合は、ベアリングのケースです。小さくてたいしたことはないのですが、溝などもあって大変だったのを覚えています。
最後に、いやなことを我慢して大きなお金を稼ぐよりも、自分の好きな事をしてそれなりの収入があればその方が幸せかなと感じています。就職活動時に、私は『自分は何が好きなのかな。』と自己分析しました。それは、自分を見つめ直すいい機会だったのかなと思います。時代に流されるのではなく、自分自身の進路をきちんと整理して就職活動をやったほうが後悔はしない。今、モノづくりを通じて自己研鑽をしている私は確信しています。
先輩メッセージ
ARTISTからARTISANへ。モノづくりの基本は変わりません。
日比野 雅宗さん
日比野 雅宗さん
私は造形大学の日本画科を卒業し、塩野製作所で入社しました。現在は、仕上げ係として、納品前の細かいバリや傷、カドっこをやすりで落とす作業をしています。元々細かい仕事は大好きですので、地味ではありますが楽しい職場です。
大学では、二条城の修復をやっている小野先生に指導して頂いたこともありますが、今の仕事と大学で学んだことの関連は、正直ほとんどありません。むしろモノづくりが好きな人ということで募集していましたので、工場見学に来て仕上げならできるかもと思ったのです。職場なかなり高齢の人ばかりです。そして経験豊富で、どんな素材も要望に合わせて仕上げをしてしまうプロ集団です。ですから、何でも吸収して技能の蓄積をしていきたいですね。
金属は素材によってその性質が違います。アルミ・鉄・しんちゅう・赤銅・チタン等いくつかは既に担当しました。次はすぐに腐食が始まってしまうマグネシウムをやってみたいと考えています。
以前、チタンばっかりを担当することがありました。チタンは非常に固い素材です。そして急にアルミの部品を仕上げてくれということがありました。そしたら、アルミとしては力を入れ過ぎてしまって『あぁ・・・。』ということがありました。感覚を切り替えることができないのです。その時は、自分の未熟さを反省しました。
これは、勝手な意見ではありますが、どんなモノづくりの現場でも、合わなかったらやめればいいやというような軽い気持ちであれば就職して欲しくないなぁ。と思います。まずは、入って何年かはがんばってみてはいかがでしょうか。もしもあわないなと思っても、周りのせいにしないで、自分を変えてみるというようなことをしてみて欲しいのです。私も、絵が好きで芸術系の大学に進みましたが、個人の趣味として楽しんで書くということを選択しました。それは、好きな絵を仕事にしてしまいたくない。と決めたからです。でも、なんらかでモノづくりの現場には携わっていたかったので、職人として極める道を選びました。みなさんもがんばって欲しいと思います。