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成功企業紹介

株式会社南武

次はインドに生産拠点を!いち早く海外市場を開拓した油圧シリンダのグローバル企業

株式会社南武の本社は、中小企業が集まる大田区萩中にある。
株式会社南武の本社は、モノづくり中小企業が集まる大田区にある

東京都大田区は、中小規模のモノづくり企業が集まる地域として知られている。その数は最盛期に比べ半数近く減少したとはいえ、高い技術力を保持し、特色ある製品を生み出している企業は少なくない。株式会社南武はその代表的な企業だ。国内で最初の油圧シリンダ専門メーカーとして発足し、大田区の本社を拠点に、いち早く海外市場を開拓した。アメリカを皮切りにタイ、そして中国へ。技術力と世界戦略で先鞭を付けた、大田区発のグローバル企業の実力を探る。

目指したのは、グローバル・ニッチ・トップ企業

これが油圧シリンダだといわれて製品を見せられても、一体それがどこに、どのようにして使われるのか、一般にはなかなか分かりにくい。しかし油圧を利用した駆動システムは、私たちの暮らしを支える様々な産業でなくてはならないものとなっている。よく見かける大きなクレーンや建設機械なども、作動油に圧力をかけ、それを機械の中で効率よく循環させることによって動かしている。同じように、製造業の分野でオートメーション化された工場においても、この油圧システムは重要な役割を果たしている。南武が作る油圧シリンダはパワーを次の機械に繋げたり、伝達したりする役割を担う重要な製品だ。

本社内のショールームに並ぶ様々な油圧シリンダ。
本社内のショールームに並ぶ様々な油圧シリンダ

南武の前身である南武鉄工が設立されたのは1955年のこと。油圧のシステムや油圧機器に注目し、業界でいち早く油圧シリンダを作り始めた。ちなみに同じ時期に(財)日本油圧工業会が発足していることからも、極めて早い時期に製品を手がけていたことが分かる。会社は高度経済成長の波に乗って事業を順調に拡大していったが、1963年に火災によってやむなく操業を停止しなければならない事態に陥ってしまった。しかし、2年後には会社を再興。金型用の油圧シリンダを独自に開発し、多品種少量生産に応えたことで、自動車エンジン用を中心にシェアを伸ばしていった。1990年には社名を現在の株式会社南武に改名した。

野村和史社長。会社の伝統を守りながら、大胆な発想と行動力でグローバル展開を図る。
野村和史社長。会社の伝統を守りながら、大胆な発想と行動力でグローバル展開を図る

同社の主力となる製品は「金型用中子抜きシリンダ」と「鋼鈑巻取り用ロータリジョイント・ロータリシリンダ」の2種類がある。金型用中子抜きシリンダは、自動車エンジンなどアルミ製品の鋳造用金型に使われ、国内での市場シェアは60%に及ぶ。一方の鋼鈑巻取り用ロータリジョイント・ロータリシリンダは、製鉄所で作られる自動車用鋼鈑を巻き取る際に使われ、アジアやアメリカでのシェアは約70%を誇る。南武はこのようなニッチな分野に独自の技術で先鞭をつけ、業績を大きく伸ばしてきた。さらに、この業界でいち早く海外に生産拠点を設け、グローバル展開を果たしたことでも注目を集めている。現在では、北米、タイ、中国(常州)に営業・生産拠点を持ち、台湾、韓国、マレーシア、インド、ヨーロッパ、中国(上海、広州)に海外代理店がある。

「われわれは狭い分野で技術的な優位性を持った、ニッチ・トップ企業を目指して歩んできました。さらに自動車産業に大きく関わったことで、早い時期に海外市場を開拓したグローバル企業として、海外を拠点にした生産・販売活動を強力に推し進めてきました。高い技術力を開発・保持するためにも、あるいは海外でその国の人たちと仕事をしていくためにも、常に働く人を大切にしたいと思っています。人間尊重、人間優先の精神は、南武の企業としての伝統です」(野村和史社長)

世界に営業・生産拠点を次々に設置

南武は2001年にアメリカに進出し、地元の企業と技術供与の契約を結び、営業とメンテナンスの拠点を構えた。さらに、2002年にはタイ・アマタナコン工業団地に「ナンブシルタイランド」を設立し、海外での本格的な生産拠点を設けた。2006年には大田区がタイに設立した「オオタ・テクノ・パーク」に工場を移し、生産とともに中国や東南アジア各国への輸出拠点としても大きく発展させた。中国へは2010年に進出。すでに生産工場として順調に稼働し始めている。そして2012年には、タイに6,400平方メートルの敷地を確保し、新工場を建設。こちらは6月から本格稼働させる予定だ。このように、同社は矢継ぎ早にかつ確実に海外に拠点を進出させながら事業の質と幅を拡大し、その地歩を揺るぎないものにしている。

野村社長は精力的に海外に出かける。日本にいるときは、テレビ電話などを使って海外にある工場と情報交換を行っている。
野村社長は精力的に海外に出かける。日本にいるときは、テレビ電話などを使って海外にある工場と情報交換を行っている

「世界のマーケットが南武の製品を必要とし、待っているということなのです。海外に出て行くには、パイオニアとしての苦労もありますが、それ以上にやりがいがあります。今後、5年以内にインドに生産拠点を設けたいと思っています。いずれにしても、海外ではその国の人を雇用し、働きやすい職場環境を作り、家族的で温かみのある経営を行っていきたい。現在では、タイの工場で社員の誕生日会を会社で行ったり、家族ぐるみのスポーツ大会を実施したりしています。要は一体感を持った家族的な雰囲気を大切にしたいのです。これは国内も海外も同じです。現実的な面では、先般のリーマン・ショックのときにも、会社として初めて赤字を計上しましたが、社員は一人もリストラすることなく乗り越えました。また、海外に進出することで国内の空洞化を心配される方がおりますが、当社は研究開発や、現時点では海外の工場で作ることができない高度な製品を日本の本社で作りあげており、決して地域を空洞化させるつもりもありません。」(野村社長)

グローバル企業であっても、そこで働く人たちは町工場で働くような親密さがあるべきだというのが、野村社長の基本的な考え方だ。そして高い技術力を保持し、高品質の製品をコンスタントに生み出していくためにも、日本に拠点をしっかり据えておく必要があると考えている。企業は人なり。研究開発と生産の現場を重要視し、何より、そこで働く人を大切にしているのだ。

それは本社工場を訪ねてみれば一目瞭然である。実際に国内外から、政治家や行政の担当者、工場経営者、技術者、学校関係者等々見学者がひっきりなしに訪れている。工場内は空調がしっかり効き、5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)が徹底されているため整然としている。社員は来訪者にすれ違えば挨拶し、みな表情は明るい。さらにこの工場では生産現場に若い女性社員が働いていることも、マスコミ等で大きく報道され評判になった。入社して3年目になる真木さん21歳。女子高の普通科を卒業して、モノづくりの現場に飛び込んだという。

楽しそうに仕事に取り組む。真木さんがいることで、工場内が明るくなる
楽しそうに仕事に取り組む。真木さんがいることで、工場内が明るくなる

「同じ高校の先輩が入社していて、その様子がテレビで放送され、それを見てカッコいいと感じました。この工場で働くことに憧れていました。実際は図面を読んだり、計算をしたりして工作機械を動かすことは難しく大変なのですが、でも一つの製品を作り上げる達成感は何事にも代えられない喜びです。これからもっと難しい仕事に挑戦したいです」(真木さん)

工場内は5Sが徹底され、整然として働きやすい職場となっている。
工場内は5Sが徹底され、整然として働きやすい職場となっている

真木さんは送られてきた図面に目を通し、製品を手に取ってノギスで部分の寸法を確認し、工作機械にセットする。そして機械の横にあるパネルにプログラミングして機械をスタートさせる。その動きは無駄がなく流れるようだ。そして真木さんの背後ではJポップの軽快な音楽が流れている。このような光景はこの工場以外では見られないだろう。

オンリーワンの技術を支える開発、設計部門

常にユーザーの顔を思い浮かべて製品の開発にあたるという、開発室開発課・小松課長。
常にユーザーの顔を思い浮かべて製品の開発にあたるという、開発室開発課・小松課長設計部門は社員の数も多く、活気が感じられた。
設計部門は社員の数も多く、活気が感じられた

野村社長が会社の最も重要なセクションと位置付ける開発・設計部門。その開発室開発課の小松課長は、入社して今年で16年になる。大学時代、ゼミの教授に勧められて入社したという。

「入社してみて、家族的でアットホームな社風だなと思いました。社員同士、役職があっても"さん付け"で呼び合っていました。われわれ開発の仕事は、営業や製造部門としっかりコミュニケーションを図りながら連携し、ユーザーの要望を迅速に形にしていくことです。実際の仕事では、かなり自分の裁量が活かせるところに魅力を感じていますが、その分責任は重くなります。今はコンパクトでありながら、高い圧力にも十分耐えられる製品の開発を進めています。仕事は楽をせず、気を抜かず、常にユーザーの顔を想像しながら行うことをモットーにしています」(小松課長)

現在開発部門の社員は7名。設計部門には12名の社員が在籍している。会社規模と比較しても、開発・設計部門の人員は多く充実している。野村社長は今後とも、機械・電気・エレクトロニクス等の技術を持った積極性のある人材を増やしていきたいと語る。また本社では中国など海外からの優秀な人材も採用している。社内では英語や中国語を話せる社員も多い。まさに、インターナショナルに富んだ企業なのだ。さらに同社では10年ほど前から社内で外国人講師を招いて英会話教室を実施している。特に営業部門で働く社員の参加は必須で、1回2時間30分の講習が義務付けられている。確かに、営業部門のフロアでは英語を使って電話で話している社員の姿を目にする。ファクシミリで送られてくる書類や注文書も英文が多い。現在本社付きの営業職の社員は14名いるが、小林さんは入社してまだ1年目。建設機材メーカーから転職して南武に入社した。

電話でオーストラリアのユーザーと電話で話す、営業部・小林さん。
電話でオーストラリアのユーザーと電話で話す、営業部・小林さん営業部には世界各国から注文や問い合わせが寄せられてくる。
営業部には世界各国から注文や問い合わせが寄せられてくる

「モノづくりに興味があり入社しました。国内外問わず、製品を納品したお客様の顔がはっきり見えて、その反応がしっかりと分かるところがいいと思います。当社では、各部門の社員全員が集まって朝礼を行っています。そこでは社員が10分程度のスピーチを行っていますが、このようなことは前の会社ではありませんでした。しかし私は大変いいことだと感じています。全員の朝礼は他部門のことも分かりますし、連帯感というか一体感のようなものが感じられるからです。現在私は海外ではオーストラリアの地域を担当していますが、注文の問い合わせや発注、メンテナンスに関することなど、工場担当者やエンドユーザーと英語を使って電話でやり取りしています。実際には海外で仕事をした経験はありませんが、早く海外にも出てみたい。そして営業として新しい分野へ新規開拓をしたいと思っています」(小林さん)

1955年の創立から今年で57年。そして一時中断した会社を10名ほどの社員で再興を図った1965年から数えて47年。現在では日本で従業員も110名を超え、世界に拠点を広げるグローバル企業に成長した。しかし同社は創業の精神を忘れず、愚直に技術を磨き、人を大切にする町工場の精神を忘れていない。このモノづくりにかける思いは、次の南武を支える若い社員たちに脈々と受け継がれている。