研究開発は諦めない気持ちが肝心。
『毎日1ミリの階段をのぼりなさい』
日々の積み重ねが生んだ
「サイエンスの英知」と「匠の技」
株式会社 鬼塚硝子
経験豊富な職人と研究者の協力体制から、高精度のガラス加工品やレーザー出力機などを生み出す鬼塚硝子。医療や学問など「現場の声」を取り入れながら、ニーズに即応している。すべての元になっているのは“鬼塚スピリット”とでも呼ぶべき鬼塚好弘社長の理念。現在までの発展や今後の展望について、社長ご本人に語っていただいた。
25歳で独立の夢を叶える。現在は50人規模の会社へと成長
鬼塚 好弘社長
鬼塚社長が会社創業を実現したのは若干25歳の時だ。「18歳の頃から『会社を作る』と宣言していました。そのために、ガラス加工の小さな会社で働きながら知識や技術を身に付けていたのです。今の人は25歳での起業は若いと感じるかもしれませんが、あの時代の25歳は親の老後を考えたりしなくてはならない『大人』だった(笑)」と当時を振り返る。
現在、鬼塚硝子では、創業以来のガス加工によるガラスの成型の他、ガラス管に型を入れての真空成型、自社開発のCO2レーザー出力機製造など、さまざまな技術を手がけている。「サイエンスの英知」と「匠の技」の融合から生み出される製品は、医療や理化学研究など多様なシーンで使われているとか。とくに穴径10ミクロンのキャピラリを生産できるのは鬼塚硝子だけで、需要も高いそうだ。
鬼塚社長は自ら「現役の職人」と表現する。その名の通り、工場では他の作業員の方々に交じって、真摯なまなざしと確かな技術でガラス加工に取り組む。
2009年末に工場を移転。もう一つの新たなスタートライン
「欲しい時にチャンスが訪れることはない。だからこそできるときに新しいチャンスを生み出していく」と語る鬼塚社長。2010年には新社屋への移転を考えているとか。すでに広々とした工場の買い取りも済み、あとは機材の搬入を行うのみだという。
「社員についても、今までは中途採用ばかりでしたが、今後は新卒者の育成にも積極的に取り組んでいきたいと思っています。業務に関する基礎知識がある方が望ましいため、化学や物理などの出身者はとくに歓迎します。ただ、仕事はそればかりではないので、文系の学生ともぜひ話をしてみたい。実際に文系出身の技術者もいますし、経済など文系ならではの価値観が役立つチャンスもあると思います」(鬼塚社長)。不景気には違いないこの世の中、モノづくりをしたい学生にとっては朗報といえるだろう。
社長が死んでも会社は死なない、を実践させたい
自分自身もまだ階段の途中にいるとおっしゃる鬼塚社長。その到達点とは…?
「鬼塚という名を冠した研究所を持つのが夢。ガラス加工には特にこだわりません。農業でも漁業でも、チャンスがあれば何でも挑戦したい。もちろん、鬼塚硝子についても一代で終わらせたくありません。
『私が死んでも会社は死なない』を実現できるように若い人の活躍の場を広げるなど、後継者育成には非常に力を入れています。今後会社がどのような形に発展するにしても、製品に対するプライドを忘れないで、社会を支える永遠の企業として生き続けてほしい」。
そう話す鬼塚社長の表情はまるで少年のようで、18歳で「会社を作る」と宣言した時にもやはりキラキラした瞳をしていたのかもしれない、と思わされた。
「毎日1ミリの階段をのぼりなさい。諦めるべからず」
「モノづくりの宿命とは不思議なもので、うまくいく方といかない方があれば、なぜか後者を選んでしまう」と笑う鬼塚社長。
「だけど・・・」と言葉を続ける。
「たまたま最初から成功したときには実は本当のことは何もわかっていない。足元がふらついた状態の成功ですから。失敗を重ねるとお金も時間もかかるけれど、たくさん新しいことが見つかるから、それが本当の成功だと思うんです」(鬼塚社長)。
だからこそ研究・開発は諦めない気持ちが肝心だと言い切った。
「『毎日1ミリの階段をのぼりなさい』と社員に話しています。世の中は毎日どんどん伸びていくから、自分が立ち止まった時点でマイナス成長になる。ほんの少しずつでも前進していくことが大切なんです。それを続けていれば、滝をのぼるようなときも来るはずです」(鬼塚社長)。
社長が死んでも会社は死なない」ために、まさに実践している表れといえるだろう。ぜひ、鬼塚硝子の20年後、50年後、いや100年後・・・を見守っていきたい。
研究者として中小企業ならではのやりがいを実感
研究室室長 中村 智宣さん
中村智宣さんは博士課程修了後、他の研究所に勤務していたこともあるとか。
「研究者としては、大企業で大がかりなプロジェクトに参加する魅力もわかりますが、当社のような中小企業にはまた違ったチャンスがあります。何しろ自由度が高いので『こうやってみよう』と思うことはとことん実験できます。強い意志の持ち主ならトレジャーハンターの気分で入社するのもおもしろいのではないでしょうか。私も3年がかりで世界初のフィールドエミッション型X線管球を開発するなど、今の仕事に大きなやりがいを感じています。」